日本の「一人あたりの年間薬剤費」は世界1といわれる.薬剤費は「価格」と「使用量」の両側面があり,どちらの責任が重いかを検証した.
(一人あたりの年間薬剤費)=(平均薬価)×(一人あたりの平均使用量)である.
95年3月中医協が使用した資料の中に,93年の薬剤費に関する推計(医療保険における薬剤の評価等に関する海外報告書)がある.その中から一人あたりの年間外来薬剤費を次に記す
.
1. 日本 43,533円
2. フランス 43,375円
3. ドイツ 32,195円
4. アメリカ 23,076円
5. イギリス 16,341円
一方,96年の国民生活白書に引用された大阪府保険医協会の資料より,日本の薬価の平均は次の通りである
.
1. イギリスの 2.66倍
2. フランスの 2.65倍
3. ドイツの 1.39倍
4. アメリカの 1.14倍
これらの比から,外来における「一人あたりの年間薬剤費」を「平均薬価」で割り,「一人あたりの平均使用量」の比を算出した(図1).
図1が示すように,日本の薬剤使用量は,他国と比べ平均的だ.薬剤費を押し上げているのは,薬価が高いことが主因であることがわかる.また,フランスは低薬価,高使用量,アメリカは高薬価,低使用量で,それぞれ極端な方向性を示している.イギリスは低薬価,平均的使用量.ドイツはいずれも平均的だ.
したがって,日本の薬剤費を下げるためには,使用量ではなく,薬価を下げるべきだ.もし,日本の高薬価を是正せずに,薬剤費の3〜5割を自己負担とすると,
使用量のみ減少し,アメリカのように高薬価,低使用量という極端な方向へ向かうことになる.岩田めい達氏は,
Medical QOLの 医事放談の中で,患者に薬剤費の過度な自己負担増を求めると,次のような過程で,「医療の荒廃」を引き起こす最悪のシナリオを示した.
アメリカでは完全に医薬分業しているが,メデイケアの患者に薬の処方箋を出しても,40%は薬局に取りに行かないという.薬局が出す薬は高額で,しかも患者負担だから,薬代が払えないからだ.彼らは売薬ですます.医薬品の自己負担率を5割にしたら,日本でも同じことが起こるに違いない
.
日本が向かうべき方向性は,ドイツあるいはイギリスのように,「平均的薬価あるいは低薬価」かつ「平均的使用量」であるべきだ.
今回示された政府・与党案である「患者負担増」や「保険料率引き上げ」など国民負担増を求める前に,「医療の高コスト構造の改革」による抜本的な支出削減の見直しが必要だ.
日本の医療費の中で「最も無駄な高コスト」の筆頭は,欧米より2〜4倍高い日本の「薬価」だ
. 平成8年版の国民生活白書の中で,経済企画庁が大阪府保険医協会のデータを引用し,日本の薬価が国際的に突出して高いことを指摘している
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また,経済審議会の行動計画委員会 や通産省,大蔵省も ,高薬価の指摘と共に,「薬価引き下げ」の提言を厚生省に送っている.高薬価が医療保険財政を圧迫している.もはや日本の経済が高薬価を支える程の余裕はなく,「高薬価に手をつけないと,日本の医療はどうにもならない」ところまできている.
96年春7兆円の薬剤費を下げるため,薬価算定方式にメスが入った.@ ゾロ新の価格設定の値下げ,
A 既収載薬の売り上げ高による再算定ルールが取り決められた.ところが,B
収載後10年以上の「長期収載医薬品の一般名収載・一本価格(以下,一般名・一本価格)」が,先発メーカーから強い反発を受け,97年以後に見送られたことで,96年春の薬価算定方式は「実質骨抜き」に終わった.患者・医療機関にとって薬価が下がった実感が全くないまま,96年11月中医協では再び「長期収載品の一般名収載」についての激しい議論が始まった.
「長期収載医薬品の一般名収載・一本価格」とは, 先発品と品質,有効性,安全性が同じで,より安い価格の後発品が十分供給されるようになった時点,例えば10年ないし15年たったら,銘柄別から「一般名として,一本価格」として薬価基準に収載する案である
.例えば,二フェジピンには,現在アダラートなど約30種類以上の銘柄があるが,薬価はアダラート(10mg)33.90円,トーワラート(10mg)13.60円と,先発品と後発品で異なる.それを「一般名として,一本価格」にしようという訳だ.
95年医療保険審議会の資料によると,長期収載品のシェアは, 「薬剤費全体の55.5%にあたる4兆円規模」に相当し
,そのうち先発医薬品が「全体の2割の1兆4,000億円」を占める .また,「一般名・一本価格」は,根本的な薬価引き下げに非常に大きな効力を発揮する.
ユート・ブレーン経営研究所の試算によると,10年以上の長期収載品の薬価を一本化することにより,薬剤費7兆2,256億円の薬剤費のうち,初年度に6,000億円,2年目840億円,3年目1,420億円,4年目420億円,5年目1,194億円と,5年間で総計約1兆円という財政効果が期待でき,その結果薬剤比率が20%以下になることを示している.
また,同レポートは,薬価改定,再算定,包括化,介護保険導入による影響で,製薬業界は「30%減量経営」を余儀なくされることを示唆している
.
しかし,前述したように日本の薬剤使用量がすでに平均的であることから,「30%減量経営」は「薬価引き下げ」が主体となるべきだ.
その「薬価引き下げ」の主役となるのが,「一般名・一本価格」である.製薬業界が「一般名・一本価格」を驚異に思うのは無理はないが,21世紀の医療を支える経済成長があまり期待できず,「医療の低コスト構造への転換」を余儀なくされる以上,「安価な薬剤の供給源の確保」は絶対条件となる.
「一般名・一本価格」が先送りされた後,中医協では長期収載医薬品については,@
後発品を含め「一般名・一本価格」とする,A 先発品のみ別のR幅で算定,のいずれかを採用することになっていた.
96.11.13医薬品業界は「長期収載医薬品のR幅を,通常より縮小したR幅,例えば8〜9%を用いての価格設定」ならば,A
を受け入れるとの姿勢をみせた.それに対し,96.12.3日医糸氏副会長は,「R幅を減らすことは薬価差を縮小しても,薬価は下がらない.Rゾーン導入はもってのほか」とし,「一般名・一本価格」を求めるとともに,2%先行縮小論の展開に不快感を示し,製薬業界と真っ向から対立した
. 96.12.21社会保険旬報で著者が指摘したように,R幅が8%となった場合の薬価差はかなりのリスクを伴う.つまり,管理コスト5%,消費税5%とすると,薬価差が9.5%以上ないと,実質的な薬価差はマイナスとなり,薬剤による赤字を生ずる
.今後ゼロ税率が導入されない限り,8%以下にR幅を縮小することを是認してはならない.それに対し,@
の「一般名・一本価格」は,前述したように「5年で1兆円規模」の薬剤費を節約でき,財政赤字に対しても効果的だ.
高薬価を是正することで,「医療の高コスト構造の改革の第一歩」として大きく貢献できる.製薬メーカーのみの利益より,患者の立場や医療財政を支える日本経済全体を考えるならば,
@ を選択すべきだ. 今後医療財政危機が,再び薬剤の3〜5割患者負担の議論が起こる可能性が完全に消えた訳ではない.そうした極端な患者負担増を求めるより,「一般名・一本価格」の導入による財政効果を求める方が,はるかに患者のためである.
残念ながら96.12.24現在,97年4月薬価改正のR幅を10%,長期収載品のうち先発医薬品のR幅を8%とすることが決まった.しかし,日医糸氏副会長は引き続き「一般名・一本価格」の実現を主張する考えを示している
.「長期収載医薬品の一般名・一本価格」の実現で,「初年度6,000億円,その後5年間で総計1兆円規模」の支出削減が,「医療保険改革の中心的存在」になり得ることを,改めて強調したい.