認定調査事項の扱い方と特記事項記載時の留意点
介護認定審査会の立場から
玖珂中央病院 吉岡春紀
1999(平成11)年10月から、全国各地で要介護認定審査が行われ、2000(平成12)年4月からは介護保険制度が本格的にスタートした。その一方で、要介護認定審査における多くの問題点も明らかになっている。
本来なら、調査員が公正な調査を行い、その結果が正しくコンピュータに入力されていれば、全国どこでも公平な一次判定ができるものでなくてはならない。そして、認定審査会での二次判定は、基本調査で調査された項目以外に問題があり、一次判定を変更する理由がある場合にのみ、特記事項や主治医意見書の記載内容により判定を見直すものだと思われる。ところが、現在行われている要介護認定制度では、一次判定ソフトの欠陥が問題となっており、調査のチェック項目を追加したり、重く変更すれば要介護度が軽くなったり、逆に調査チェック項目を減らしたり、軽くすれば介護度が重くなったりする、いわゆる逆転現象が頻発している。それも説明可能な範囲での変化ではなく、判定の基準とされている要介護認定等基準時間も理論的な説明ができていない。そのなかでも痴呆や問題行動は、一次判定ではほとんど無視されており、身体障害がなく問題行動のある痴呆例での介護度が低すぎることは、すでに読者も理解されていることと思う。
本稿では、「二次判定に反映される特記事項の書き方」というテーマをいただいたが、特記事項の内容や記入例は紙面の都合で別の稿に譲り、一次判定の問題点や逆転現象などについて少し説明し、介護認定審査会の立場で調査事項の扱い方、特記事項記載時の留意点などを述べてみたいと思う。
一次判定ソフトの問題点
認定審査が始まる数ヵ月前から、日医総研や土肥氏のホームページで「厚生省一次判定ロジックの問題点」が取り上げられ、このまま本番の認定審査で使われることに警告を発していた。そこでは一次判定ソフトの問題点として以下の点が指摘されている。
1)施設ケアと在宅ケアの整合性の問題
施設データのみに基づいて構築されており、在宅ケアとの整合性が取れていない。施設ケアと在宅ケアの介護時間からみた整合性の検証も行われていないため、在宅の高齢者への適応に問題がある。また、調査対象者数の少なさにも問題がある。
2)樹形モデル構築上の問題
モデルの作成が統計的手法に終始し、介護現場の専門的な意見がまったく反映されていない。通常、臨床現場に樹形モデルを応用する際、臨床的観点からの検証を行う必要がある。つまり、統計学的な妥当性を維持しつつ、さらに臨床的な理解や枠組みと一致するかどうかが重要になるのだが、それがなされていない。
3)自立・要交接・要介護1の区別の問題
樹形モデルを9つに分けたため、全項目に問題がない場合でも、合計介護時間は25分となってしまう。要支援の定義は25分以上30分未満であり、時間による区別が非常に難しくなっている。
4)調査項目区分の定義の問題
樹形モデルでは、高齢者の属性に関する73の調査項目とその区分などに基づいて、グループ分けが行われている。その際、区分があいまいなために、割り当てられる介護時間が変わる可能性がある。
5)基礎データ収集時の問題
今回の1分間タイムスタディは2日間だけ実施され、そのため入浴や機能訓練について、サービスが提供されていない人も、ケアが必要なかった人も同じ扱いをしており、結果的に平均介護時間が短くなってしまっている。
そのほかの問題点として、73項目の調査項目がこれでよいのか、は検討されていない。特に問題行動の評価については、19項目の多数を調査するようになっているが、その問題行動別の介護への時間のかかり方や症状の重みなどは何も区別されていない。
一次判定の逆転現象の症例
このように、コンピュータによる一次判定は、当初から根本的に大きな問題が解決できていないのに、検証もされず見切り発車されたものであるため、現場では当然混乱が起こるものと予想されていた。そして、実際に要介護認定が始まった途端に、各地で認定結果への不満や不信が表面化してきたのである。ここで、一次判定の逆転現象を理解していただくために、症例を紹介する。
1)厚生省状態像「要支援の例6」(表1)
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3.両足での座位 |
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4.両足つかない座位 |
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5.両足での立位 |
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6.歩行 |
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7.移乗 |
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1.立ち上がり |
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2.片足での立位 |
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3.浴槽の出入り |
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4.洗身 |
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3.居室の掃除 |
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4.薬の内服 |
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5.金銭の管理 |
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6.ひどい物忘れ |
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7.周囲への無関心 |
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1.視力 |
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2.聴力 |
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3.意思の伝達 |
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4.指示への反応 |
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5.ア.毎日の日課理解 |
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イ.生年月日をいう |
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ウ.短期記憶 |
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エ.自分の名前をいう |
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オ.今の季節を理解 |
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カ.場所の理解 |
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ケ.介護に抵抗 |
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コ.常時の徘徊 |
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シ.外出して戻れない |
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ソ.火の不始末 |
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「要支援の例6」は、麻痩・拘縮がなく、身体障害は軽く、腰痛・関節痛などで歩行や立ち上がりに支えが必要になった状態で、そのほかには身の回りに少し介助がいる方である。この例での逆転を見てみると、例えば居室の掃除ができなくなり「全介助」となり、視力が落ち「目の前のものがやっと見える」の悪化の2項目をチェックすると、要介護認定等基準時間は24分となり「自立・非該当」になる。一方、症状を軽くして介護度が重度になる逆転は、両足での立位を「できる」にし、立ち上がりも「できる」にすると、要介護認定等基準時間は31分となって一次判定は「要支援」から「要介護1」となる。このように「要支援の例6」では、2項目を変更すると、それも状態が重くなったら「自立」、軽くなったら「要介護1」という逆転が起こる。また、この要支援例に、痴呆や問題行動が起こったらどうなるのかが痴呆の例である。
第6群の意思疎通の項目、特に5の毎日の日課理解の項目以降すべてを「できない」とし、問題行動も介護上危険な問題行動を4項目追加してみたが、要介護認定等基準時間は25分のままで、一次判定結果は「要支援」のままである。
これでは何のために痴呆・問題行動の項目を調査したのか、まったく意味のない結果になっている。つまり、身体障害が軽く痴呆のひどい例の介護は無視されたシステムといえる。
2)厚生省状態像「要介護1の例7」(表2)
調査項目 |
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第1群 |
1.麻痺 左-上肢 |
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(麻痺拘縮) |
右-上肢 |
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左-下肢 |
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右-下肢 |
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2.拘縮 肩関節 |
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膝関節 |
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第2群 |
4.両足つかない座位 |
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(移動) |
5.両足での立位 |
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6.歩行 |
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7.移乗 |
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第3群 |
1.立ち上がり |
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(複雑動作) |
2.片足での立位 |
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3.浴槽の出入り |
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4.洗身 |
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第5群 |
3.居室の掃除 |
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(身の回り) |
4.薬の内服 |
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5.金銭の管理 |
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6.ひどい物忘れ |
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7.周囲への無関心 |
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第6群 |
3.意思の伝達 |
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(意志疎通) |
4.指示への反応 |
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5.ア.毎日の日課理解 |
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イ.生年月日をいう |
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ウ.短期記憶 |
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エ.自分の名前をいう |
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オ.今の季節を理解 |
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カ.場所の理解 |
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第7群 |
オ.昼夜逆転 |
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(問題行動) |
カ.暴言暴行 |
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ケ.介護に抵抗 |
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コ.常時の徘徊 |
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シ.外出して戻れない |
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ソ.火の不始末 |
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介護時間 |
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一次判定結果 |
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「要介護1の例7」は片麻庫・拘縮があるが、基本的には要支援例に近い状態で、移動・複雑動作に少し介助が必要な方である。この例も2項目を変更することによる逆転が多くある。
左片麻庫に加え右の下肢の筋力低下があり「麻痩あり」とし、両足での立位が「支えが必要」になった時には、要介護認定等基準時間は28分となって、一次判定は「要支援」となり、介護度の逆転が起こる。一方、歩行が「つかまれば可」から「できる」に、浴槽の出入りを「一部介助」から「できる」に改善すると、要介護認定等基準時間は50分となって、「要介護2」となり、状態はよくなったにもかかわらず、一次判定は重くなる。
「要介護1」の状態像での浴槽の出入りの逆転は、例7以外に例8や例10でもみられる。
要支援の例と同じく痴呆・問題行動をこの例でも追加してみた。意思の疎通はまったくできないとし、問題行動の危険な6項目もすべて追加してみたが、要介護認定等基準時間は36分で、一次判定結果は「要介護1」のままとなる。しかし、要介護認定等基準時間は痴呆・問題行動のない41分から36分と減っており、このことからもでたらめな判定結果だといえる。
このような逆転現象は、コンピュータに詳しい人ならどの項目で逆転を起こすかをある程度予測できるようになっているが、その組み合わせは膨大な数になる。また、要介護認定等基準時間では数分間の逆転を起こしても判定結果には現れないことも多く、一般には簡単に予測できない。
ただ、申請者にとって「自立」「要支援」「要介護1」の認定の結果では、介護サービスを受けることができるかどうか、施設入所ができるかどうかで天と地の差があるため、このように厚生省のお墨付きの状態像の例での一次判定結果が逆転することは、納得できる説明がなければならないが、誰も説明はできない。すでに多くの認定関係者が知ってしまった項目もあるので、そのような調査項目のチェック時には調査員として考慮すべきだと思われる。
今回のテーマとは直接関係ないが、一番厳しい「究極の不公平」と考えられる調査結果を紹介する。
(以前からホームページでご紹介している例ですのでリンクします。ここでは「どうしてさん」と「厚生省さんありがとうさん」
ということにしています。「どうしてさん」を「アンラッキーさん」、「厚生省さんありがとうさん」を「超ラッキーさん」
に読み替えて下さい。)
明らかに「アンラッキーさん」の方が状態が悪く、痴呆も進んでいることがわかる。しかし、「アンラッキーさん」では調査項目をいくら増やしても、要介護認定等基準時間はまったく増えず、むしろ順にコンピュータに入力していくと、一時「要介護2」までなって、それからいろんな逆転項目に引っかかり、最終的には状態が悪くても一次判定は「要支援」となってしまうのである。途中で入力を止めれば「要介護2」だったのに、と思うが、一般には最終判定しかわからないのである。
一方「超ラッキーさん」では、運よく逆転現象の調査項目を免れ、誰が見てもびっくりする「要介護5」となった。厚生省の発表している要介護度別の状態像では「要支援か要介護1」に一番近い症例なのだ。いろんな樹形図の枝から枝へ華麗に飛び移り、落下せずに頂点を極めた最高の「超ラッキー」な方である。
もちろん、この例でもどこかこれ以外の項目を入力したり、「一部介助」や「全介助」の内容を変えれば、途端に「要介護3」程度になるので、最高の組み合わせということができる。
こんな症例は「審査会での二次判定で調整すればいい」と厚生省は言うが、一次判定結果を優先する二次判定では、「アンラッキーさん」の例では、どの程度ランクアップさせるのかの基準はなく、相当する状態像もない。また「超ラッキーさん」の介護度が重すぎるので、ランクを下げる場合も、状態像での「要介護1」まで4ランクも下げることはできないと思われ、これも基準はない。
それ以上に一律の判定基準がないのだから、各地の審査会で独自の判断でバラバラの二次判定になることは目に見えている。公平を保つことが無理なのである。
このような一次判定の結果を示すと、本題の「特記事項」を「いくら正しく書いても仕方ないではないか」と思われる方もあるかもしれない。今の認定制度ではそのとおりなのだ。審査員として認定審査の現場では、少し二次判定に無力感が出ている。
要介護度を決定する調査員の基本調査
一次判定ソフトの欠陥と矛盾はあるにしても、要介護認定制度にとって基本になるのは調査員の訪問調査とその結果をいかに効率的に取り上げるか(または取り上げないか)によって決まる。一次判定そのものが調査員による「調査項目の選択肢の選択とチェック」に左右され、この結果によって認定審査が始まるからである。主治医意見書や特記事項も、二次判定においてそれなりにウエイトはあるが、今の要介護認定システムは圧倒的に調査員の能力に委ねられているといっても過言ではない。そのため、調査員の研修や調査方法の公平化や統一が必要であり、調査員の公正さも求められることになるのだ。
それにしても、たった1時間程度の問診で、申請者の状態が公平に把握できるかどうかという基本的な問題にも突き当たってしまう。
また、二次判定における審査員の役割として、ソフトの欠陥は知っていたとしても、認定の現場で、審査員が事前に全例の一次判定結果を見直したり、調査をシミュレーションしてみることは不可能であり、審査の現場では、実際にはほとんどの審査員が一次判定の逆転に気づくことはない。
このように、認定調査書提出前にシミュレーションを行いつつ、調査項目の選択項目をチェックするという技を持った調査員や、審査会の前に申請者のシミュレーションを行った審査員以外は、別に意識することなく一次判定結果を参考にして認定審査を行っているのである。調査員も、審査員でも、通常の調査や認定審査では、一次判定の矛盾はあまり認識していない方が多い。
一次判定結果に問題がある時、これを解決するのが二次判定であり、二次判定では審査会の意見が優先し、一次判定にとらわれることはないといわれている。ところがそうではないのだ。厚生省の通達で「要介護状態区分の変更等の際に勘案しない事項について」という一次判定変更禁止条項のため、認定審査は一次判定に大きく左右される。この通達の廃止も訴えられているが、現実にはこの禁止条項は廃止されておらず、二次判定に大きな影響力を持つ。これは後でもう一度ご紹介しよう。
二次判定の中での特記事項の位置づけ
認定審査会では基本調査の結果を、特記事項および主治医意見書の内容と比較検討し、基本調査の結果との明らかな矛盾がないかを確認する。これらの内容に不整合があった場合には、必要に応じて主治医および調査員に照会した上で、基本調査の一部修正が必要と認められる場合には、調査結果の一部修正を行う。
実際の審査会でも、調査書と意見書の不整合はよく見られるが、その場合はできるだけ調査員に同席してもらい、審査会から質問し、不整合を改善することにしている。
なお、一部修正を行う場合には、前述した「要介護状態区分の変更等に勘案しない事項について」を参照しなければならない。ただ「特記事項の内容が基本調査の調査結果と一致し、特に新たな状況が明らかになっていない場合は、その内容に基づいて基本調査結果の一部修正を行うことはできない」とされているので、必要以上に特記事項に記載しても考慮されない場合もある。
また下記のような個人的な問題での変更は認められていない。@年齢、A長時間を要するが自立している行為、B本人の意欲の有無、C施設入所・在宅の別、D住宅環境、E家族介護者の有無F抽象的な介護の必要性、G本人の希望、H現在受けているサービスなどである。
著者の個人的な見解であるが、本当の介護とは、このような申請者の年齢や住居環境・生活環境を勘案することが一番必要だと思うが、これらのことが勘案されないのが「介護保険制度」なのだ。
二次判定に特記事項の内容をどの程度反映させるか
これは審査会によって異なると思われる。積極的に特記事項を取り上げ、基本調査項目の入力のやり直しなど行っている審査会もある。一方、特記事項をいくら考慮し追加しても、一次判定ソフトではまったく考慮されず、むしろ特記事項を追加したために逆転現象が起こり、要介護度が下がってしまう例もあるため、一次判定の入力の際には特記事項は考慮しない方がよい症例もあるかもしれない。そうすると、二次判定に特記事項をどう反映させるかは、どこで逆転するかわからない一般の項目を反映させるよりも、今の一次判定で明らかに問題のある痴呆や問題行動について積極的に取り上げることが有効であろう。
調査員として注意すべき基本調査の記入事項
認定審査会で参考になる「特記事項の記入例」などを示すことが必要なのだが、紙面の都合で、記入例はほかの稿や雑誌などを参考にしていただくこととし、本稿では「一次判定ソフトを考慮した時の基本調査・特記事項の注意事項」として示したいと思う。 すべての項目は書ききれないので、一次判定で問題の多い項目を中心に述べたいと思う。
1)麻痺
認定調査でいう「麻痺」は、医学的に診断する「麻痺」とは明らかに違うものである。「神経または筋肉組織の損傷、疾病等により筋肉の随意的な運動機能が低下または消失した状況を言い、日常生活に支障がある場合を言う」となっており、特に医療系の調査員は廃用性の萎縮・筋力低下などの「麻痺」に注意が必要である。
麻痺の項目では、左右どちらかに片麻痺が見られると要介護認定等基準時間は42分となり、これだけで「要介護1」となるが、両側の下肢麻痺では、介護時間の増加はないことも知っておいてよいだろう。
2)両足がついた座位保持
移動の樹形図で、両足の座位による「理不尽な互い違い」が生じている部分がある。とても判明しにくい逆転などを起こすことがあり、厚生省の状態像の「要介護4・5」など重度の例で逆転する項目の一つであると言われており、重くも軽くも逆転する。
3)両足での立位保持
逆転現象で一番有名となっている調査項目である。機能訓練の樹形図で、「できる」と「支えがあればできる」が逆転を起こしている枝分かれがある。特に厚生省の示している状態像の要支援例でも、この項目での逆転が4例もあり、注意が必要な項目である。軽度にも重度にも逆転してしまう項目で、この項目を「できる」にすれば「要支援」から「要介護1」にもなる。
4)歩行
機能訓練の樹形図で、両足での立位保持が「できる」で、歩行が「何かにつかまればできる」あるいは「できない」と9分であるのに対し、両足での立位保持が「何か支えがあればできる」と2分となってしまい、7分も逆転を起こしている枝分かれがある。状態像の「要介護1」の例7でも「何かにつかまればできる」から「支えなしでできる」にすると、重度の逆転で「要介護2」となることがある。注意が必要な項目である。
5)移乗
移乗も、重要な項目の一つである。移乗の項目一つだけが「見守り(介護側の指示含む)」となっただけで、要介護認定等基準時間は42分となるので、これだけで「要介護1」の介護時間となる。移乗という言葉は聞き慣れないが、見守りは介護側の指示も含むということも知っておく必要がある。
6)浴槽の出入り
状態像「要介護1」の例7、8、10で浴槽の出入りを「一部介助」から「できる」にし、例8では嚥下「見守り」から「できる」に、例10では歩行「つかまれば可」から「できる」にすれば、逆転で「要介護2」となる。そのほか「要介護4・5」の重症例で逆転を起こす項目の一つである。
7)洗身
医療行為の樹形図で、洗身を「行っていない」と、21.9分のグループがある。しかも、これが旧常的に洗身を行っていない場合を言い、清拭のみ行っている場合も含まれる」となっており、在宅の高齢者でありがちな選択肢となっている。
8)褥瘡(じょくそう)
単独では何も起こらないが、水虫も含むことに注意する。4項目以上のチェックが必要の際カギとなる項目である。褥瘡の処置を行えば医療の項目で29分となる。
9)嚥下
食事摂取の樹形図で、嚥下が「できない」と、5.4分となってしまうグループがある一方、嚥下だけできない場合は47分となる説明不可能な逆転を起こす。状態像「要介護5」の例5では、嚥下が「できる」と「要介護3」になってしまうこともある。
10)尿意・便意
移動の樹形図で、便意が「ない」と19.7分で、「ある」あるいは「時々」であると、22.1分か29.2分と逆転を起こしている枝分かれがある。「要介護5」の例で尿意だけで「要介護4」に逆転する例もある。
11)ボタン・衣服着脱
機能訓練の樹形図で「見守り(介護側の指示を含む)」が8分と、ほかより得をする分岐点があることに注意する。特に「要介護4」の例で、ボタンかけが「できる」とすれば「要介護5」となる逆転がある。
12)居室の掃除
医療行為の樹形図で、居室の掃除が「全介助」、毎日の日課を理解することが「できない」と、非該当になる危険性がある。また、意思疎通の項目の「オ.今の季節を理解」を「できない」とすると、突然介護時間が減って逆転を起こすことがある。
13)薬の内服
機能訓練の樹形図で「全介助」であると33分のグループがある。
14)ひどい物忘れ・周囲への無関心
この2つの項目は重度介護で逆転を起こす。特に植物状態などで、第7群を除くすべて「できない」とし、この2つの項目を「ある」とすれば96分で「要介護4」に、「ない」とすれば112分で「要介護5」と逆転する。 調査マニュアルにも記載されていることなので、不用意に「ある」をチェックしないようにすべきである。
もちろん、ここに記載した以外にも調査項目の多くにどの樹形図に含まれるかで思わぬ逆転があり、説明は不能である。以上の注意事項は土肥氏の『全国一律不公平』1)を参考にした。もっと知りたい方は「Dr.ハッシーのホームページ」をご参照いただきたい。このホームページには逆転現象を予測するソフトも公開されている。
申請者に正しい判定を期待するならば、パソコンに習熟し、シミュレーションができる調査員になることも必要ではないかと思う。
ただし、調査員と主治医が同じ施設で制度の運用を悪用すれば、認定審査会では防きようがないのも現実であるから、せめて要介護認定は性善説で行われていることを期待して話を終えたいと思う。
そして、私の主張は「いつでも・どこでも・誰もが・必要な時に・すぐに」利用できる介護保険制度になってほしいと思っているので、その時は要介護認定は不要だと思っている。
引用・参考文献
1)土肥徳秀:全国一律不公平担する人トクする人が出る要介護認定、明文社、2000.
2)遠藤英俊、見平隆、青柳公夫編:介護認定審査会委員ハンドブック、医歯薬出版、1999.
3)「介護支援専門員」編集部:介護認定のための訪問調査マニュアル、メディカルレビュー社、1999.
4)石田一紀、住居広士:納得できない要介護認定介護保険ブラックボックスの秘密、萌支社、1999.
インターネットの情報
1)「介護保険制度を考える」著者のホームページ
http://www.urban.ne.jp/home/haruki3/kaigo.html
2)介護保険制度ウォッチング(土肥徳秀氏のホームページ)
http://www.mars.dti.ne.jp/^doi/index.html
3)尾形医院ホームページ
http://www.o-ga-ta.or.jp/2000/
4)Drハッシーのホームページ
http://www.wind.ne.jp/hassii/
「状態像の例」での逆転現象
http://www.wind.ne.jp/hassii/kaigo/gyakuten/index.html
5)介護保険の問題点と課題ホームページ(加茂圭三氏のホームページ)
http://www.sala.or.jp/^keizou/